三笠宮家や信子様、杉子様に関する話題ではよく、政治家の麻生太郎氏の名前があがりますよね。
「三笠宮信子様のご実家が麻生家なの?」「麻生太郎氏とはどんな関係?」と気になる方も多いのではないでしょうか。
信子様は実業界や政界と深いつながりを持つ麻生家に生まれ、1980年に三笠宮寬仁親王殿下とご結婚されました。
さらに家系をたどると、元首相の吉田茂にもつながります。
この記事では、三笠宮信子様の実家である麻生家の家柄をはじめ、兄・麻生太郎氏との関係や家系図について、分かりやすくご紹介します。
三笠宮信子様の実家・麻生家とは?
三笠宮信子様は、1955年4月9日に麻生家の三女として誕生されました。
宮内庁によるプロフィールでは、信子様のお続柄は「故麻生太賀吉第3女子」とされています。
参考:宮内庁「三笠宮寬仁親王妃家」
つまり、麻生家から三笠宮家へ嫁がれた方ということですね。
信子様は英国のロスリンハウス・コレッジを1973年に卒業。
その後、1980年4月18日に皇室会議が開かれ、同年5月21日に納采の儀、11月7日に三笠宮寬仁親王殿下とご結婚されました。
では、信子様の実家である麻生家とは、どのような家なのでしょうか。
麻生家は福岡県の筑豊地方を基盤に発展した実業家一族として知られています。
近代の麻生家を語るうえで欠かせない人物が、麻生太吉です。
麻生太吉は明治期から炭鉱事業を手がけ、筑豊を代表する実業家の一人となりました。
事業は石炭だけにとどまらず、銀行や電力などにも広がり、麻生家の経済的な基盤が築かれていきます。
さらに麻生家は、実業界だけではなく政界とも深いつながりを持ってきました。
信子様の父・麻生太賀吉も実業家であると同時に、衆議院議員を務めた人物です。
そして母・和子は、内閣総理大臣を務めた吉田茂の娘でした。
つまり信子様は、父方に麻生家、母方に吉田家という背景を持っていることになります。
こうした家系を知ると、信子様の実家がなぜ注目されるのかが見えてきますね。
なお、麻生家は石炭産業の変化とともに事業を転換・多角化し、現在につながる企業グループへと発展しています。
「もともと皇族や旧大名の家だった」というより、筑豊を基盤とする家から実業界で大きく発展した一族と捉えると分かりやすいでしょう。
三笠宮信子様と麻生太郎氏の関係
三笠宮信子様と麻生太郎氏の関係について、結論からいうと2人は実の兄妹です。
麻生太郎氏は1940年生まれで、信子様は1955年生まれ。
約15歳の年齢差がある兄と妹ということになります。
2人の父親は、実業家や政治家として活動した麻生太賀吉です。
母親は吉田茂元首相の娘である和子。
そのため、麻生太郎氏と信子様はともに吉田茂の孫にあたります。
「麻生太郎氏と皇室にどんなつながりがあるの?」と疑問に思っていた方にとっては、この兄妹関係が最も分かりやすい答えでしょう。
信子様は1980年11月7日、三笠宮崇仁親王の第1男子である寬仁親王殿下とご結婚されました。
ご結婚後、信子様と寬仁親王殿下の間には2人のお子様が誕生しました。
第1女子が1981年12月20日生まれの彬子女王殿下、第2女子が1983年10月25日生まれの瑶子女王殿下です。
そのため、麻生太郎氏から見ると、彬子女王殿下と瑶子女王殿下は姪にあたります。
麻生家と三笠宮家のつながりを整理すると、一気に分かりやすくなりますね。
信子様の夫である寬仁親王殿下は、2012年6月6日に薨去(こうきょ)されました。
信子様は現在も皇族として活動され、さまざまな団体の総裁・名誉総裁などを務めています。
日本赤十字社の名誉副総裁をはじめ、日本ばら会の名誉総裁など、その活動分野は多岐にわたります。
一方、兄の麻生太郎氏は政界で長く活動し、内閣総理大臣などの要職を歴任してきました。
兄は政治の世界、妹は皇族として活動しているため、一見するとまったく異なる道を歩んでいるようにも見えます。
しかし家族関係で見れば、2人は麻生太賀吉・和子夫妻の子どもとして生まれた実の兄妹なのです。
三笠宮信子様と麻生家の家系図を調査
三笠宮信子様の家系図をたどると、麻生家だけでなく日本の近現代史に登場する人物とのつながりが見えてきます。
まず信子様の父は、麻生太賀吉です。
麻生太賀吉は麻生家の事業に携わる一方、戦後には衆議院議員としても活動しました。
そして麻生太賀吉と結婚したのが、吉田茂の娘・和子です。
吉田茂といえば、戦前から外交官として活動し、戦後には内閣総理大臣を務めたことで知られる政治家。
その娘が信子様の母ですから、信子様にとって吉田茂は母方の祖父という関係になります。
さらに母方の家系をさかのぼると、吉田茂の妻・雪子は牧野伸顕の娘です。
牧野伸顕は明治から昭和にかけて活躍した政治家で、その父は明治維新の中心人物の一人として知られる大久保利通。
そのため信子様の家系は、吉田茂、牧野伸顕、大久保利通へとつながっていきます。
こうして見ると、「麻生家の家系図がすごい」と注目される理由も納得できるのではないでしょうか。
一方、信子様自身は寬仁親王殿下とのご結婚によって三笠宮家の一員となりました。
寬仁親王殿下の父は三笠宮崇仁親王で、昭和天皇の弟にあたります。
そして信子様と寬仁親王殿下の間に誕生したのが、彬子女王殿下と瑶子女王殿下です。
家族関係をシンプルに整理すると、「麻生太賀吉・和子夫妻の子どもが麻生太郎氏と信子様」「信子様が寬仁親王殿下と結婚」「そのお子様が彬子女王殿下と瑶子女王殿下」という流れになります。
実業界で発展した麻生家、戦後政治を代表する吉田家、そしてご結婚によってつながった三笠宮家。
三笠宮信子様の家系図を知ることで、兄・麻生太郎氏との関係だけでなく、麻生家が政財界で広く知られる背景も見えてきます。
……この背景を知っていると、最近の杉子様をめぐるさまざまな声も理解しやすくなりますね。


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