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東日本大震災から15年。改めて知った当時の釧路市の状況と反省

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2026年3月11日、今日で東日本大震災の発生から15年となりました。テレビの映像が現実のものとは思えず、CMが「ポポポポーン」ばかりになった恐怖は今でも鮮明に覚えています。

こんにちは、ハトムギ(@hatomugi_bikatu)です。私は当時、北海道の釧路市に住んでいたのですが、今思うとテレビの情報に釘付けで、自分の住んでいた場所の被害状況をまったく理解していませんでした。

あのとき何を思って、どんな行動をしたのか?改めて振り返ります。

参考:釧路市「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による被害状況

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2011年3月11日北海道釧路市では最大震度4と約2mの津波を観測

当時北海道の釧路市に住んでいた私は、一人暮らしをしていた賃貸アパートで東日本大震災を経験しました。釧路市の最大震度は4。あのときは釧路を震源とした地震だと思い込んでいて、揺れが収まった後は「釧路で地震なんて珍しいなぁ」「すごく長い揺れだな」と、思っていました。

テレビを付けて地震の状況を確認したかどうかも記憶していません。確か、揺れが収まった後、その日は友人と食事に行く約束をしていたのでそのまま出かけたと思います。今考えるとあり得ないほどのんびりしていました。

15時頃?巨大地震だと分かる

当時はガラケーで今のように地震の状況をすぐに確認できる分けではありませんでした。このため、食事をして家に帰ってきてテレビをつけて、そこで初めて震源地が釧路ではなく、東北のほうだと分かりました。

地震から20分くらい経っていましたが、別の友人から「津波警報が出たから避難する」と連絡も来ていました。

最初はテレビを見ても何が起こっているのかまったく分からず「釧路と東北で同時に地震がおきたの?」と思ったほどです。まさか、一つの震源から日本全国が揺れる地震が起きるとは夢にも思っていませんでした。

大津波警報が出ても家にとどまる

釧路市では15時34分に2mの津波を観測し、その後、16時9分に6mの大津波警報が出ていました。しかし、私にはこの記憶が全くありません。あの当時、津波がどの程度の威力があるのか、自分の住んでいる土地は海抜どの程度なのかといった知識が全く無かったためです。

自分の住んでいる場所のことよりも、テレビの映像を見て、何が起こっているのか理解しようとしていました。このため、釧路市でも何度も警報が出ているのに、避難の準備もせず家に留まっていました。

一部で停電したもののライフラインへの影響なし

釧路市内では人的被害がなく、ライフの影響も一部で停電があった程度です。何か買えないものがあったなど、物流の混乱も記憶にありません。

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2026年3月11日、当時を振り返った反省

2026年3月11日、私は当時の釧路市の被害を改めて確認して、防災意識の低さが本当に怖くなりました。また、当時私はスマホではなくガラケーで、家にパソコン、ラジオもなく、テレビしか情報を得る手段がなかったことも問題だったと思っています。反省点をまとめます。

津波警報が出たら避難する

今調べると、当時私が住んでいた場所は海抜3m程度。近くに川も流れていました。もし、本当に大津波警報どおり6mの津波が夜に来ていたら巻き込まれていた可能性があります。予想以上の高さの津波が来る可能性も考え、津波警報が出たらとにかく高台に避難します。

震度が小さい=津波も低いと思わない

当時、もう一つ問題だったのが釧路市は比較的地震の震度が小さく、停電のような分かりやすい被害がなかったことです。私は津波の知識がほとんどなかったので、「この震度なら津波警報がでてもそれほどではないだろう」と、楽観視していました。

今思うと恐ろしい勘違いです。この理屈だとチリで地震があって津波警報が出ても「外国の地震だし大丈夫」と、避難しないでしょう。震度と津波の高さはイコールではないと、知ることが大切です。

まずは自分の命を守る情報を集める

記憶が正しければ、当時、私は釧路市に津波が来たのをリアルタイムでテレビで見ていました。このとき、何を思ったかといえば「東北の10m近い津波よりは小さいから大丈夫」だったと思います。

正常性バイアスといい、想像を絶する状況になると、人は無意識に「いや、自分は大丈夫」と思い込むそうです。

津波で浸水すると、膝下程度の水かさでも身動きが取れなくなります。「テレビの中の状況と比べれば、こっちはまだ大丈夫」などと思わず、今、自分の命を守る情報をとにかく集めることが必要です。

情報を得る手段を用意する

当時はテレビしか地震の情報を得る手段がありませんでした。このため、北海道のことより、震源地の情報ばかり見ていました。また、胆振東部地震の経験から、大規模な地震が発生した直後は、スマートフォンの電波がまったく届きません。家に一つはラジオを置いておき、使い方も理解して、震災時は現在地の状態を理解することが大切です。

沿岸部なら震度に関わらず避難行動を始める

今後、北海道では千島列島・日本海溝の巨大地震が懸念されています。もし、これらの地震が起きれば、釧路市では最大震度6強の揺れに襲われ、最大で20m近い津波が30分程度で到達すると予想されています。また、揺れは5分程度続くとの想定もあります。

参考:北海道「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定について

私は現在、釧路市にはもう住んでいないものの、北海道内の沿岸部に住んでいます。もし、M9に近い地震が起きたら、震度に関わらず避難を始めようと思っています。

震災・防災について学ぶ

東日本大震災当時を振り返ると、災害に対する知識が圧倒的に欠けていたことも問題だったと思っています。北海道では、3.11以前にも奥尻沖地震があり、奥尻島では最大で30m近い津波を観測しています。

にもかかわらず、津波について誰かから教わった記憶はほとんどありません。そして、東日本大震災を経験したのに、北海道・三陸沖後発地震注意情報が発令されるまで、まともに地震や津波について調べることもありせんでした。

災害発生時、命を守るためには「今、自分がどの程度危険な状況にさらされているのか?」ある程度判断できる知識が不可欠だと思います。

当時の私のように、大津波警報が出ているのにどの程度危険なのか、自分のいる場所は安全なのか、何も分からないことが特に問題だと思います。

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まとめ:災害について学び続ける

東日本大震災から15年ということもあり、改めて当時、自分がいた場所の状況を振り返ると、もしかしたら、偶然助かっているだけかもしれないと思いました。今後、日本ではさまざまな巨大地震が懸念されています。災害について学び続けることが、今後の防災につながると思いました。

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